もし「痛み」を感じないからだだったら

女性

昨晩テニスに行ってきました。
肩は好調です。痛みは出ていません。

公開したあの運動のみ、続けているだけです。

ただし、サーブやスマッシュの時に
打った勢いで腕が前方に牽引されないように
脇の筋肉を強く意識しています。

ファーストも決まる率が高くなってるんですよね。
他にも実は細工をしているのですが
徐々に書いていこうと思います。

「痛み」をなくしたいと思って
あれやこれやと調べまくる毎日なのですが
(まだまだ痛いところがある!)

じゃあ、もし「痛み」を感じないからだだったら
どうですか?

これはカイロプラクティックを勉強しだしたころに
先生から問われたものです。

「え?そりゃサイコーにいいんじゃないの?」
「痛いのって嫌だし。」
「そりゃ、嬉しいよね。」

単純な私はそう思いました。
そして「はっ!」となりました。

「痛み」という感覚がなぜあるのでしょう。

骨折しても感じない
皮膚に深い傷を負っても感じない
皮膚が化膿していても気づかない
関節を動かしにくくなっていても気付かない
虫歯になっていても気づかない
やけどをしても感じない
骨髄炎や虫垂炎、腹膜炎など
内臓の病気も気が付かない・・・

これではからだそのものの存在が危ぶまれます。
「痛み」を感じないのはまずい・・・

「痛み」は危険を知らせるシグナルです。
とても大事なことなんです。

考えたこともなかったから。
「痛かったら痛みをとればいい。」
間違ってはいないけど、単純すぎるこの考え。

「痛い」には理由があるわけです。

教えてくれているのですよね。からだは。
こころの問題もあてはまると思います。
傷ついているのに鈍感になってはいけないと思う。

「ね、ね。何かやった?」

「そんな姿勢でずっといたの?」

「ちょっと気をつけなさいよ。あなた今無理しすぎてるよ。」

「ほらね、だから夜遅くにあれほど食べるなと・・・。」

「やりすぎてどうするの?ひとはひとなんだから。」

「中身が変わってきてるんだから気をつけてよ。」

「とにかく休めって。落ち着いてよ。」

からだは発してますからね。

でもこれは急性疼痛での考え方としてですよ。
慢性疼痛では痛みのもとがないのに痛かったり、

痛みという病気であったりするわけなので。

その違いを次回にわかりやすく書いてみます。

読んでいただきありがとうございます!